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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8637号 判決

原告 大沢英次

被告 八崎又三郎 外三名

主文

被告八崎又三郎は、原告に対し、原告から一六万三〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに別紙目録記載(甲)の建物につき昭和三一年一月一九日買取請求による所有権移転登記手続をなし、かつ、右建物を引渡せ。

被告高橋三郎は、原告に対し、別紙目録記載(乙)の建物につき昭和三一年九月二〇日買取請求による所有権移転登記手続をなし、かつ、右の建物を引渡せ。

原告の被告八崎又三郎、同高橋三郎に対するその余の請求並びに被告丸山福太郎、同丸山運送株式会社に対する請求は棄却する。

訴訟費用中原告と被告八崎又三郎、同高橋三郎との間に生じた分は各三分し、各その二をそれぞれ右被告等の負担とし各その一並びに被告丸山福太郎、同丸山運送株式会社との間に生じた分は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告八崎又三郎は、原告に対し、別紙目録記載(甲)の建物を収去し、右目録記載の土地のうち右建物の敷地、附属地二一坪三合を明渡せ。被告丸山福太郎及び同丸山運送株式会社は、原告に対し、前記建物から退去しその敷地、附属地二一坪三合を明渡せ。被告高橋三郎は、原告に対し、別紙目録記載(乙)の建物を収去し、右目録記載の土地のうち右建物の敷地、附属地二坪六合九勺を明渡せ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

(一)  訴外亡古川元吉は、訴外小杉重治から別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃借し、その地上に右目録記載(甲)(乙)の建物(以下「本件建物(甲)」、「本件建物(乙)」という。)を建築所有していた。原告は、昭和二二年二月二五日訴外小杉重治から本件土地を買受けてその所有権を取得し、同訴外人の訴外古川元吉に対する本件土地の賃貸人たる地位を承継した。

(二)  訴外古川元吉は、昭和二三年一一月七日死亡し、訴外古川信重、同古川つる、同池田ヌイにおいて本件建物(甲)、(乙)の所有権を相続して取得し、本件土地の賃借人たる地位をも承継取得した。

その後訴外古川信重、同古川つる、同池田ヌイは、右建物をいずれも訴外古川信重の単独所有名義に保存登記を経由した上、昭和二八年一二月二八日本件建物(甲)の所有権並びにその敷地、附属地二一坪三合(別紙図面斜線部分)の賃借権を訴外小島トシミに対し、また、同年一一月一二日本件建物(乙)の所有権並びにその敷地、附属地二坪六合九勺(別紙図面横線部分)の賃借権を訴外曾雌文三郎に対しそれぞれ原被の承諾を得ることなく譲渡した。

(三)  訴外小島トシミは、昭和二九年一一月一一日被告八崎に対して本件建物(甲)の所有権並びにその敷地、附属地の賃借権を、また、訴外曾雌文三郎は、昭和三〇年六月一三日被告高橋に対して本件建物(乙)の所有権並びにその敷地、附属地の賃借権をそれぞれ譲渡したが、右賃借権の譲渡について賃貸人たる原告の承諾を得なかつたから、被告八崎、同高橋は右の賃借権をもつて原告に対抗することができない理であり、結局被告八崎は本件建物(甲)の敷地、附属地を、被告高橋は本件建物(乙)の敷地、附属地をそれぞれ正権限なく占有するものであり、また、被告丸山福太郎、同丸山運送株式会社は本件建物(甲)を使用することにより、右建物の敷地、附属地を不法に占有している。

よつて、原告は、本件土地の所有権に基き被告等に対し右土地のうち各その占有部分の明渡を求める。

と述べ、被告等の主張に対し、

(一)  被告八崎は、本訴において原告に対し本件建物(甲)の買収請求権を行使したが、同被告は右買取請求権の行使にさきだち昭和三〇年一月二一日東京地方裁判所の仮処分命令により被告丸山福太郎のため、同年一一月二九日前同裁判所の仮処分命令により訴外小島トシミのため、それぞれ本件建物(甲)につき譲渡、質権抵当権の設定その他一切の処分を禁止されているから、被告八崎の前示買取請求権の行使は違法であつて、その効力を生じない。

かりにその効力を生じたとしても、被告八崎主張の買取価格を争う。

(二)  被告高橋もまた本訴において原告に対し本件建物(乙)の買取請求権を行使した。原告は、被告高橋主張の買取価格を認めるが、前示建物には昭和三〇年九月八日訴外株式会社東京相互銀行のため、元本極度額四〇万円、特約債務不履行のときは元金一〇〇円につき一日五銭の割合による損害金を支払う定めの根抵当権が設定され、同月一七日東京法務局渋谷出張所受附第二一八七九号をもつてその旨の登記が経由されている。このように被告高橋請求の買取価格に数倍する債権額を極度額とする根抵当権が設定されている本件建物(乙)について同被告が買取請求権を行使することは、信義則に違背し権利の濫用であつて買取請求の効力を生じない。仮りにその効力ありとするも、原告において前示根抵当権について滌除の手続を終るまでは代金の支払を拒絶する。

と述べ、

立証として、甲第一号証ないし第一三号証(第九号証は一ないし四に分る。)を提出し、原告等法定代理人大沢市三本人尋問の結果を援用し、乙第二号証、丁第一号証の成立は不知、その他の乙号、丁号各証の成立を認め、丁第三号証の一ないし三を利益に援用すると述べた。

被告八崎又三郎訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

(一)  請求原因事実中、(イ)原告が本件土地の所有者であること、(ロ)本件建物(甲)の所有権及び本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分の賃借権が原告主張のごとく順次譲渡され、現在被告八崎が原告主張のとおり本件土地を占有していることは認めるがその他の事実を争う。

(二)  訴外小島トシミは、訴外古川信重から本件建物(甲)の敷地、附属地の賃借権を譲受けるについて原告の承諾を得ており、また原告は、被告八崎が本件建物(甲)を訴外小島トシミから譲受けたことを知りながら、その敷地、附属地の使用について何等異議を述べなかつたから、前示賃借権の譲渡を暗黙のうちに承諾したものというべきである。

(三)  仮りに右主張が認められないとしても、本件建物(甲)の所有者の交替により、その敷地である本件土地の使用情況そのもに何等の変化もないのにかかわらず、原告が賃借権の譲渡について承諾を与えないことは、権利の濫用である。

(四)  仮りに以上の主張がすべて認められないとすれば、借地法第一〇条の規定により、原告に対し、本訴(昭和三一年一月一九日午前一〇時の口頭弁論期日)において本件建物(甲)を時価の九〇万円をもつて買取るべきことを請求し、なお、同時履行の抗弁権により右金員の支払を受けるまでは本件建物(甲)の引渡義務の履行を拒絶し、その結果右建物の敷地、附属地の引渡をも拒む。

と述べ、甲号各証の成立を認めた。

被告高橋三郎訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

(一)  請求原因事実中、(イ)原告が本件土地の所有者であること、(ロ)本件建物(乙)の所有権及び本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分の賃借権が原告主張のごとく順次譲渡され、現在被告高橋が原告主張のとおり本件土地を占有していること、(ハ)訴外曾雌文三郎が前記の賃借権を被告高橋に譲渡するにつき原告の承諾を得なかつたことは認めるが、その他の事実は争う。

(二)  訴外曾雌文三郎は、昭和二六年頃訴外古川信重から本件土地のうち、本件建物(乙)の敷地、附属地の部分の賃借権を譲受けるについて原告の承諾を得、その後引続き訴外古川を介して賃料を支払つており、昭和二八年一一月頃原告代理人訴外近野道弘との間に同年四月分以降賃料を坪当り月額二一円に増額する旨の協定を結んだ。

被告高橋は、訴外曾雌から右の建物及びその敷地、附属地の賃借権を譲受けるに際し、原告の法定代理人たる大沢市三に対し前示賃借権の譲受けについて承諾を求めたが、右訴外人は、すでに本件土地を被告丸山福太郎に売渡したと称し承諾をあたえなかつた。

(三)  本件建物(乙)は店舗であり、その敷地の借地権は右の建物とともに数回転々譲渡され、その都度原告は承諾をあたえていたのにかかわらず、経済的にみて従前の賃借人訴外古川信重等より一般に信用のあつい被告高橋に対する賃借権の譲渡について承諾を拒むことは、権利の濫用である。

(四)  仮りに右の主張が認められないとすれば、借地法第一〇条の規定により、原告に対し本訴(昭和三一年九月二〇日午后一時の口頭弁論期日)において本件建物(乙)を時価の八万五〇〇〇円で買取るべきことを請求する。

そして同時履行の抗弁権により右金員の支払を受けるまでは本件建物(乙)の引渡義務の履行を拒み、したがつてその敷地、附属地の引渡を拒絶する。

と述べ、

立証として、丁第一、二号証、第三号証の一ないし三を提出し、証人曾雌文三郎の証言、被告高橋三郎本人尋問の結果及び鑑定人北尾春道の鑑定結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

被告丸山福太郎、同丸山運送株式会社訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁及び抗弁として、

(一)  請求原因事実中、(イ)原告が本件土地の所有者であること、(ロ)本件建物(甲)の所有権及び本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分の賃借権が原告主張のごとく順次譲渡され、現在被告丸山、同丸山運送株式会社が原告主張のとおり本件土地を占有していることは認めるが、その他の事実を争う。

(二)  被告丸山及び被告会社は、本件建物(甲)を被告八崎の前主小島トシミから賃借していたが、被告八崎は右小島から右の建物を買受けて右賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継したものであるそして、被告八崎が右建物の敷地、附属地を占有することができる権原については、被告八崎の主張を採用する。したがつて被告丸山及び被告会社による本件土地の占有は適法である。

(三)  仮りに被告八崎が本件土地を占有することができる権原を有しないとしても、同被告のなした前示買取請求の結果、本件建物(甲)の所有権は原告に帰属したから、被告丸山及び被告会社は右建物の賃借権を原告に対抗することができるものというべく、したがつて、右被告両名は、右建物に居住することによつて本件土地のうち右建物の敷地、附属地を占有すべき正権原を有する。

と述べ、

立証として、乙第一、二号証を提出し、被告丸山福太郎本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

第一被告八崎又三郎、同高橋三郎に対する請求について。

(一)  被告八崎は本件建物(甲)を、また被告高橋は本件建物(乙)を所有することにより、いずれも原告所有の本件土地のうち前記建物の敷地、附属地の部分を占有していることは、当事者間に争いがない。

(二)  被告八崎は、「訴外小島トシミは、昭和二八年一二月二八日本件土地について適法に賃借権を有していた訴外亡古川元吉の相続人訴外古川信重から本件建物(甲)の敷地、附属地の賃借権を右建物の所有権とともに譲受け、ついで被告八崎は昭和二九年一一月一一日前記の権利を訴外小島トシミから譲受けたのであるが、右の賃借権の譲渡については、いずれも賃貸人たる原告の承諾を得た。即ち被告八崎は前示土地の適法な借地権者である。」旨主張するので按ずるのに、訴外古川元吉が本件土地の適法な借地権者であつたこと並びに本件建物(甲)の敷地、附属地の賃借権が右被告等主張のごとく順次譲渡されたことは、当事者間に争いがないが、右賃借権の譲渡について賃貸人たる原告の承諾があつたことについては、これを確認するにたる証拠がないから、被告八崎はその前示土地に対する賃借権を原告に対抗することができないものというべく、他に前示土地を占有することのできる権原については主張、立証がないから、被告八崎は原告に対し前示土地を明渡すべき義務がある。

(三)  被告八崎は、原告が前示賃借権の譲渡について承諾をあたえず本件土地の所有権にもとずいて被告八崎に対しその明渡を請求することは、権利の濫用であると主張する。しかし、訴外古川信重と同小島トシミとの間に、さらに、右小島トシミと被告八崎との間になされた本件建物(甲)の敷地、附属地の賃借権の譲渡について、右の譲渡人または譲受人が賃貸人たる原告に対し借地権譲渡の承諾を得るため進んで申出をなす等積極的に行動した事実についてこれを認めるべき証拠がない本件(被告八崎は何らの証拠をも提出しない。)において、賃貸人たる原告が前示借地権の譲渡を進んで承諾しなかつたとしても、これを権利の濫用と目することは妥当でないであろう。けだし、賃借権の譲渡に対する賃貸人の不承諾を権利の濫用となすには、賃借権の譲渡人または譲受人において賃貸人の承諾を得るについて一般社会の通念に照らし相当と認められる措置を進んでとつたのにかかわらず、賃貸人が承諾を与えなかつたことをその要因の一として考慮すべきであるからである。よつて被告八崎の前示主張は採用することができない。

(四)  本件建物(乙)の所有権並びに本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分の賃借権を訴外古川信重が昭和二八年一一月一二日訴外曾雌文三郎に対し、ついで、訴外曾雌文三郎が昭和三〇年六月一三日被告高橋に対して順次譲渡したこと並びに訴外曾雌・被告高橋間の賃借権の譲渡につき原告の承諾がなかつたことは、当事者間に争いがない。そして、訴外古川・曾雌間の前示賃借権の譲渡について賃貸人たる原告の承諾があつたことは、これを確認するに足る証拠がないから、訴外曾雌から前示賃借権を譲受けた被告高橋は、その賃借権を原告に対抗することができないものといわねばならない。そして、他に前示土地を占有することができることについては主張、立証がないから、被告高橋は、原告に対し前示土地を明渡すべき義務がある。

(五)  被告八崎は本件建物(甲)を時価九〇万円をもつて、または被告高橋は本件建物(乙)を時価八万五〇〇〇円をもつてそれぞれ買取るべきことを本訴において原告に請求した。

按ずるのに、前記のとおり、被告八崎が訴外小島トシミから本件建物(甲)の敷地、附属地に対する賃借権を、また被告高橋が訴外曾雌文三郎から本件建物(乙)の敷地、附属地に対する賃借権を譲受け、しかも、訴外小島・被告八崎間並びに訴外古川信重・同曾雌間の前示各賃借権譲渡につき賃貸人たる原告の承諾がなかつた以上、原告に対して、被告八崎は本件建物(甲)を、また被告高橋は本件建物(乙)買取るべきことを請求することができることは、借地法第一〇条の規定により明らかである。原告は、本件建物(甲)については、その主張のごとき処分禁止の仮処分命令があるから、被告八崎による右の買取請求はその効力を生じない旨抗争し、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件建物(甲)について原告主張のごとき仮処分命令があつたことを認めることができるが、右仮処分命令の存在は、被告八崎の前示買取請求を当然無効ならしめるものではなく、たゞ被告八崎において右買取請求の効果を仮処分債権者たる被告丸山福太郎及び訴外小島トシミに対抗することを得ないのみと解すべきであるから、原告の前示主張は採用することができない。

(六)  原告は、被告高橋による本件建物(乙)の買取請求は、権利の濫用である旨主張するのて、右について判断する。成立に争いのない丁第一号証によれば、本件建物(乙)に原告主張のごとき根抵当権が設定されていることを認めることができる。即ち本件建物(乙)には極度額四〇万円の債務を担保するための根抵当権が設定されているところ、右の建物の昭和三一年九月二〇日当時の時価は八万五〇〇〇円であつて(当事者間に争いがない。)担保債権四〇万円より遥かに少額である。しかし、原告は、被告高橋の買取請求の効果として右建物の所有権を取得した後、代金の支払をなすことなく(その理由は後に記す。)、被告高橋から本件建物(乙)の所有権取得登記及び引渡を受けた上、抵当権者たる訴外株式会社東京相互銀行に対して前示抵当権の滌除をなし、被告高橋からその費用の償還を受ければ足りる(滌除の費用が買取価格の八万五〇〇〇円を超えるときは、その金額の範囲では右代金支払債務と相殺し、不足分を請求することとなろう。)。したがつて、本件の場合のごとく、抵当建物の時価が抵当債権より少額であり、これを完済できない場合においても、右の抵当建物につき借地法第一〇条の買取請求をなすことは、必らずしも土地賃貸人の不利益に帰することなく、権利の濫用とはならないものと解する。尤も買取請求権行使の結果賃貸人(土地の)が抵当建物の所有権を取得した後に抵当権者が抵当権を実行し、第三者が抵当建物を競落してその所有権を取得し、その第三者と右建物の敷地所有者との間にあらたに土地の賃貸及び地上建物の買取請求の問題が生起するにいたる場合もあり得る。しかし、これは、抵当権の設定されている建物について借地法第一〇条の買取請求をなすことができるかどうかの問題であるところ、前記の問題が生起する結果土地所有者の側で蒙る不利益を考慮に入れるも、なお、借地権の承継を拒否された抵当建物の取得者に借地法第一〇条の買取請求権を与えることは、公平の理念からいつて妥当と考えられる。

よつて、原告の主張は採用することができない。

(七)  してみれば、被告八崎、同高橋のなした前示買取請求権行使の結果、右の被告両名と原告との間に各買取請求権行使の日本件建物(甲)、(乙)につき当時の時価を代金とする売買契約が成立したと同一の効果を生じたものというべく、成立に争いのない甲第一三号によれば、昭和三一年一月一九日当時における本件建物(甲)の時価は一六万三〇〇〇円と認定すべく、

また、昭和三一年九月二〇日当時における本件建物(乙)の時価が八万五〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。そして右買取請求の結果、原告は本件建物(甲)、(乙)の所有権を取得し、反面被告八崎、同高橋の原告に対する本件建物(甲)または(乙)の収去義務は消滅し、右被告等は新らたに従前所有した前示各建物を原告に引渡すべき債務を負担することとなつたわけである。

しかし、被告八崎の本件建物(甲)の引渡債務は、原告の同被告に対する前示買取代金債務と同時履行の関係に立ち、原告から右代金の支払があるまで被告八崎は右建物の引渡を拒み得べく、その結果本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分の明渡をも拒み得るわけである。

本件建物(乙)については、前示のとおり根抵当権の設定がある結果、原告は、民法第五七七条の規定により、前示根抵当権の滌除の手続を終るまで買取代金の支払を拒むことができるから、被告高橋は、原告に対し、原告から買取代金の支払を受けるにさきだつて本件建物(乙)を引渡すべき義務がある。

(八)  原告の被告八崎に対する本訴請求は、引換給付を求める趣旨を明示しないが、買取代金と引換えに地上建物の引渡を求める請求をも包含するものと解することができるから、結局、(イ)原告の被告八崎に対する請求は、原告において一六万三〇〇〇円を支払うのと引換えに本件建物(甲)につき買取請求による所有権移転登記をなし、かつ、右の建物の引渡を求める限度において、(ロ)原告の被告高橋に対する請求は、本件建物(乙)につき買取請求による所有権移転登記をなし、かつ、右の建物の引渡を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

第二被告丸山福太郎、同丸山運送株式会社に対する請求について。

(一)  被告丸山及び被告会社が本件建物(甲)を使用し、本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分を占有していることは、当事者間に争いがない。

成立に争のない乙第一、二号証及び被告丸山福太郎本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、(イ)本件建物(甲)については被告丸山と被告八崎の前主小島トシミとの間に賃貸借契約が存在したこと、(ロ)被告八崎は、小島から右の建物の所有権を取得したことに伴い、前示賃貸借契約の賃貸人の地位を承継したが、昭和三一年一一月七日以降賃料は月額三、〇〇〇円、毎月末日持参払、被告八崎は、被告会社が本件建物(甲)を被告丸山と共同使用することを認める旨が約定され、被告丸山は現に期限を定めず被告八崎から右の建物を賃借していることが認められ、右の認定を覆えすに足る証拠は存在しない。

しかし、本件建物(甲)の所有者である被告八崎が本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分を適法に占有することができる権原を有しないことは、前段認定のとおりであるから、被告丸山、被告会社は、被告八崎が前記の土地に賃借権を有することを前提として右被告等もまた前示部分を正当に占有することができるものとなすことはできない。

(二)  しかし、被告八崎が本件建物(甲)について買取請求権を行使した結果、昭和三一年一月一九日右建物は原告の所有に帰したこと前認定のとおりであるから、被告丸山は、借家法第一条により本件建物(甲)に対する前示賃借権を原告に対抗することができ、したがつて、原告所有の本件土地のうち右建物の敷地、附属地の部分を適法に占有することができるものというべきである。

してみれば、被告丸山及び被告会社に対する本訴請求は理由なく失当として棄却を免れない。

第三結

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉)

目録

(一) 土地

東京都目黒区平町二一五番ノ一七

一、宅地二三坪九合九勺

(二) 建物

(甲) 東京都目黒区平町二一五番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅 一棟

建坪一五坪七合五勺、二階六坪のうち

家屋番号同町三五六番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建南側店舗兼居宅

建坪一二坪、二階六坪(実測、建坪一七坪七合五勺、二階六坪)

(乙) 東京都目黒区平町二一五番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅 一棟

建坪一五坪七合五勺、二階六坪のうち

家屋番号同町三五六番の二

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階家北側店舗兼居宅

建坪三坪七合勺(実測、建坪一坪八合七勺、二階一坪八合七勺)

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